朝鮮学校補助金裁判 大阪高裁判決について①

3月20日に出された、朝鮮学校補助金裁判大阪高裁の判決について書きます。

判決の瞬間、また関連ニュースや記事に触れるたび、今でも不当で醜悪で非人間的な判決に怒りが沸き上がりますが、主な争点について整理します。

 

一審(大阪地裁判決)は、事実から逃げた不当判決

二審(大阪高裁判決)は、原告の主張全ての面において、これでもかと否定した、悪質な判決。 

というのが代理人弁護士の方々の見解でした。

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裁判の主要な争点 に関して

(報告集会の内容をもとに)

1、補助金は、教育の権利、学ぶ権利に基づいて支給されているのではないのか?

・判決:

あくまでも補助金=贈与。権利ではない。学習権の保障とは関係ない。

権利侵害の問題かどうかではない。

つまり、「朝鮮学校には民族教育の権利などない。 」ということを断言。

 

2.一審判決において、補助金は対象学校が「一条校に準ずる」から出すという趣旨が入っていたが、そもそも創設時、そういった趣旨ではなかったのではないか?

 ・判決:

 一審のようにみることが「自然」。「一条校に準ずる」要件を認定。

 外国人学校の成り立ちや自主性を否定。

 

3.府知事の発言、府議会での発言などから、朝鮮学校への狙い撃ちではないのか?

 ・判決: 知事がそう言っていようが、狙い撃ちではない。

 

4.公安調査庁の文章に載っていることを判断理由してよいのか?

 ・判決: 合理的な判断といえる。。

 

5.子どもたちの権利、学ぶ環境の重要性

 ・判決: 触れていない。無視。

 

争点に関連して、もう少し詳しく。

阪高裁第9民事部(裁判長 松田亨、裁判官 桧皮高弘、高橋綾子)

一条校に準ずることを前提として本件補助金が創設されたとみるのが自然」

「長期間交付されていたとしても事実上のもの」である

「権利性の認められない補助金の支給要件について、公共性の見地から一定の教育内容や政治的中立性を支給要件に組み入れることは何ら不合理なところはない」

要件を付けること自体の問題性は無視し、「要件に該当しないことを理由とする」と結論

 

・国際人権法について

社会権規約の平等違反  政治的責任であり権利ではない

納税していることは、補助金の制度とは関係がない

後退禁止原則  政治的責任であり権利ではない

人種差別撤廃条約  政治的責任

子どもの権利条約  補助金の権利をただちに基礎づけない

教育基本法第16条違反について

→ 一般的な遵守を求めているものではない。裁量の範囲内。

 

私立学校法1条違反、教育基本法14条違反について

→ 一定は範囲の政治的中立性を要求することは合理的と判断

 

・「要綱改正に係る裁量の逸脱・濫用」について

一条校に準ずるから助成するということは合理的

 

私立学校法等の規制を超えていても、「あくまで補助金の交付要件にすぎず」

私立学校振興助成法の規制を超えていても、「大阪府補助金の支給要件を定める裁量権を制限、禁止するものとはいえない」

 

・狙い撃ちではないか?という主張に対して

朝鮮学校だけに設定された特別の要件とみることはできない

 

専修学校交付要綱には同様の規程がないことについて

専修学校についても一般条項を適用する。平等違反に違反しない

  

公安調査庁の文書について

調査結果自体を利用するものではないから、目的外使用に当たらない

調査の対象となることについて告知聴聞の機会がないとしても、意見を述べたり資料を提出したりすることは可能

 公安調査庁は国家機関であり、一定の調査分析能力を備えていると考えられる。

調査対象とされること自体で悪質性を意味しないとしても、関係を要件として考慮することは不相当とは言えないことは前期のとおり

 

・支給法との違い

補助金は支給の根拠法令がなく、この点では支給法=無償化法とは性質を異にする

 

大阪市補助金について

 

一審、控訴審ともに、

「府の補助金を補完するものといってもおかしくはない」「独自に動いていたわけではない」

 

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判決は全体として、

朝鮮学校補助金受給は、権利ではなく贈与である。

朝鮮学校在日朝鮮人の民族教育に権利などない。

・行政が決めた要件を全て守ったうえでのみ認められる恩恵である。

外国人学校の「自主性」など、行政によって無限に制限される。

・国際人権法など努力目標であって守る義務はない。

 

つまり、「お前らに自主的な権利などない。」「権利がほしければ日本の学校に行け、もしくは日本の権力に従順な教育をしろ。」といったところだろうか。

阪高裁第9民事部(裁判長 松田亨、裁判官 桧皮高弘、高橋綾子)は、「人権」「権利」の意味も知らず、「法の精神」もなく、法の適用・運用・解釈・遵守の仕方も知らない、ただただ権力に従順な「行政官」であった。さすが日本の司法といったところでしょうか。

 

裁判官が行政権力にへつらい、法を無視する姿勢である以上、権利闘争は政治闘争化するしかないということを改めて感じました。

(黄貴勲)